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「第1エリア、12時方向、魔物3体出現! 職業通り私が前衛、立花さんが後衛です!」

「了解です!」

 

ゲームを始めたふたりの視界の先――液晶画面の中で、大剣を握る青白い髪の少女と、銃を持った藍色の髪の少女が蜘蛛形の「魔物」の前に立っている。キャラクターの外見と職業を自由に作成できるこの作品において、これらはふたりがそれぞれ自身を模して作った、ふたりが操作するキャラクターであった。

魔物と戦う為、ゲーム機を握って戦闘態勢になったのぞみは、そのままボタンを等間隔に押していく。すると大剣を構えたのぞみのキャラクターめがけて透明な膜のような球状のエフェクトが何度も向かって、それが赤くなって消えた瞬間、大剣が右、左、右と連続で振り回されて魔物の体に当たった。

――73、82、76。ダメージを表すそれらの数字が派手なフォントとともに敵の頭上に表示される。直後、後方の蘭のキャラクターから放たれた光弾が魔物に命中し、倒れた魔物は赤黒い霧のような姿になって消滅した。

 

「南部の魔物3体、中部の魔物6体、撃破完了。のぞみちゃん、次は第2エリアに行きますよ」

「おーけーですっ!」

 

エリア内のすべての魔物を倒したふたりは、意気揚々と自らのキャラクターを第2エリアに向かわせる。それから少しして第2エリアに着いたふたりが最初に見たものは、ムービーだった。

そのムービーのなかに、自らの腕を振り回して己の力を誇示する魔物がいた。それは先の蜘蛛型の魔物より遥かに巨大な体長3メートルのオオカマキリであり、ゲーム内でクエストボスと呼ばれる強力な魔物の1体であった。

 

「正面、ボス敵1! 対してこちらのHPは満タンです! 行けますよ、立花さん!」

「はい、一気にやってやりましょう!」

 

ふたりがゲーム機を構える。同時にムービーが終わり、ボスとの戦いが始まった。

直後、放たれたボスの突進攻撃を回避したのぞみはまず、ボスの攻撃範囲から逃れる為にキャラクターをボスの側面に向かわせる。蘭のキャラクターは既に遠くの高台に位置取っていた。

腰から風を噴射して高速飛行しながら近づいてくるボス。その動きを狙った蘭のキャラクターから高出力の光弾が放たれ、「221」の表示とともにボスに当たる。

ボスは怯むことなくのぞみのキャラクターに体を向け、何度も腕を振り下ろして攻撃するが、その攻撃モーションに操作を合わせて鋭いボタン捌きで1回目の攻撃を緊急回避したのぞみは、ボスの動きの隙を縫い、1度だけ反撃してからキャラクターに旋回軌道をとらせて2回目の攻撃も回避する。それから次の3回目の攻撃をのぞみが防御した瞬間、今度は蘭のキャラクターの銃からレーザーが撃ち出され、ボスの体を貫いた。――247ダメージ。間髪入れずのぞみのキャラクターから横回転斬りと縦回転斬りの連続必殺技が放たれると、立て続けに攻撃を受けたボスは体勢を崩して「転倒状態」になった。

 

「よっし、ボスの転倒確認! このまま畳みかけますよ!」

「了解です! ほら、これだけ叩き込んだんです! そろそろ倒れてください、って!」

 

のぞみと蘭の操作するキャラクターが「転倒状態」のボスに追撃を加えると、それから数秒も経たずボスの全身が赤黒い霧のような姿になり、無数の黒色の粒となって周囲に拡散した。

撃破完了、とボスの消滅を見てのぞみと蘭は安堵する。ふたりがそのままゲーム機の構えを解くと、機体の画面から「ミッションコンプリート」とクエスト達成のテロップが流れ始める。

元々ボスがいた場所に報酬として置かれたアイテムの箱に目もくれず、まったく同じ瞬間にゲーム機を机の上に置いたのぞみと蘭は、跳ぶように椅子から立ち上がると、笑顔のままそれぞれの右手と左手を合わせて何度も互いの手のひらをたたき合った。

 

「立花さーんっ!」

「のぞみちゃんっ!」

「はい、たーっち、ですっ!」

 

こうしてひとつのクエストを終えたふたりは、それからまた次のクエストを受注して新しいエリアの敵と戦い始める。のぞみと蘭の部活動は下校時刻まで終わることなく、RPG部の部室ではきょう中、このような景色が絶えず続くのであった。

 

下校時刻から20分後、18時20分ごろ。夕暮れの空の下、均等に立ち並ぶ田んぼと田んぼの間を縫って敷かれた、ひび割れたアスファルトの上をのぞみと蘭は歩いていた。

ふたりの目的地は蘭の家であり、蘭の家はのぞみの居候先でもあった。なぜのぞみが蘭の家に住んでいるかというと、それは今から数ヵ月前、昨年の冬が終わるころ、父親も母親も家も無いまま孤児院で生活していたのぞみを、蘭がなかば強引に自らの家に誘ったからである。

ふたりがしばらく道を歩き続けていると、田んぼの姿がだんだんとまばらになって草木の茂る林道に差し掛かる。空が日没で暗くなるなか、既に散り始めていた桜の木の下には錆びきった自動車が形を保ちながらも役目を終えたように佇んでおり、どこまでも続くアスファルトの横には分岐点となる土造りの道が広がっていた。

 

蘭が土造りの道の方に走り始めるのを見て、のぞみも蘭を追いかけて走りだす。林道の入口から中腹に向かって、朽ちかけたガードレールに沿いながら電線が伸びる方へふたりは走り続ける。

それから少しして、ふたりの前に古ぼけた木造りの家が現れた。それはRPG部の部室と比べて数倍は大きいだろう、高さ7メートル、横幅30メートルほどの建物だった。

建物の前に着いたふたりはまず家の呼び鈴を鳴らす。すると数秒後、扉の奧から「はーい」と声が返ってくる。それを聞いた蘭はポケットから鍵を取りだして扉を開けたあと、満足げな表情で振り向いてからのぞみの右手を掴み、そのままふたりで玄関へと歩きだす。

間もなくふたりが玄関に入ると、玄関にいた初老の男性と女性が喜んでふたりを迎えた。彼らは蘭の父親と母親であった。

 

「ただいま。お父さん、お母さん」

「白宮のぞみです。何ヵ月目かになりますが、今日もお邪魔させていただきます」

「おおっ、おかえり」

「おかえりなさい、のぞみちゃん、蘭ちゃん。ご飯できてるわよーっ」

「はーいっ」

 

靴を脱いだふたりは、蘭の父親と母親に連れられて玄関からリビングへと歩いていく。

ふすまを開けてひと足早くリビングに入ったのぞみは、正面のテーブルへ向かう前に部屋の右奧にある、煤けた別のふすまに貼られた紙に目を凝らす。その紙には黒い筆文字で縦から「運動室」と書かれていた。

 

「やっぱり、運動もしたいんですか?」

「はい。超能力に頼っているとどうしても体が鈍りますから、運動できる時はしておきたくて」

「あっちの時計見てください、のぞみちゃん。……きょう、もう20時ですよ。今からじゃ

 遅すぎますって。ほら、運動は明日からにして一緒に晩ご飯食べに行きましょう?」

「ん。では、そうしましょうか。1日がもっと長ければよかったんですけどね」

「ふふっ、それはそうかもしれませんね」

 

蘭の言葉に表情もなく返答し、のぞみは右手を頭に乗せて蘭のもとに向かう。蘭は既にテーブルの下の畳に座っていて、テーブルには人数分の割り箸と白米が入ったお椀と、レタスの上に茹でたジャガイモが乗った料理が置かれていた。

のぞみが蘭の隣に座り、蘭の父親と母親がその向こう側に座ると、4人は両手を合わせて「いただきます」と言う。サイコキネシスで割り箸を綺麗に割ったのぞみはまずレタスの上のジャガイモに箸を刺すと、大きく口を開けてほおばり、3、4回と噛んでからそれを飲み込んだ。

普通に箸を割った蘭がそんな光景を横目に白米を食べている間、のぞみは白米を乗せたレタスを口に運び続ける。そうして食べ始めから30分が経つころ、4人は米粒ひとつ残さず晩ごはんを食べ終えた。

「ごちそうさまでした」

 

4人が完食の言葉を紡いだあと、立ち上がった父親は部屋の奧のふすまを開けに向かう。

次に母親がレタスのジャガイモ乗せの皿を持って奧のふすまに行くと、蘭も白米のお椀を持ちながら両親を追いかけて歩きだす。

のぞみはその動きを少しだけ眺めてから、視界の上にある木製の掛け時計を見る。そして今が20時37分であることを確認すると、テレポートを使ってひと足先に2階へと転移した。

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コンボアーツ

ローリング

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