「はい、先生」
「はぁーい、先生ぇーっ」
「…………」
授業がはじまるというのに、珍しく聞こえたもうひとりの声とわたしを除いて、生徒の反応は変わらず弱々しい。
3年に進級してから半年が経ち、この組にも慣れたものだと思っているが、実際に授業がはじまる瞬間だけは
今の空気に落胆せずにはいられなかった。
過去、先生の話を聞くまじめな生徒を数人だけ目にしたことはある。けれど3-Aの現状を見て、
わたしは悲しめばいいのか、それとも呆れるべきなのか、どうすればいいのかわからない状態がつづいていた。
「…………はぁ」
「……あぁ、だりぃ。なあ白宮、問題の答えを教えてくれよ。口でも紙でもいいからさ」
「それ、不正じゃないですか」
「超能力とか未来予知なら不正……えーと、カンニング? とかいうのにならねえんだろ? それでもいいからさあ」
「未来予知は能動的に使いたくないんです。疲れるんですよ、アレ」
「……ごめん、白宮。疲れるとは思ってなかった。やっぱり自分でやることにするわ」
「…………はぁ」
中学校の入学から2年半。それだけの時間があれば、生徒の意欲が低い理由を推測するには十分だった。
結局、生徒の将来がないも同然だからだろう。先生は生徒の将来に対して口を開けば「農家になれ」としか言わないし、事実、第2生存圏、いわゆる田舎のこの土地では第1次産業である「農家」以外の職業は存在しない。加工品の輸出は効率が悪いから仕事にならないし、内陸部だから海はない。川魚の採取量では住民の腹を満たしきれず、娯楽もラジオの音声を聞くのが限界だった。旧時代のゲームに至っては骨董品を保管するような家屋にしかないのだ。
「……えー、では問題です。教科書の220ページ。西暦2027年の4月を起点として、
大規模な感染拡大を引き起こした感染症をなんと呼ぶか。答えられる人は手をあげてください」
先生からの最初の問題に答えるため、わたしは最初に手をあげようとするけれど、わたしの手をさえぎって
前の席の人が先に手をあげると、その人が「シータ症候群でしたっけ」と回答する。正解はベータ症候群だから、
惜しいが不正解だ。とはいえ、農業に関わる問題以外に対して惜しいで済むならこの学級では上澄みの生徒だった。
先生が前の席の人に対して不正解を告げると、告げられたその人は、舌打ちをしながら何事もなかったかのように
自らの机に座りなおす。ため息をつきたかったが、毎日のように起こることだからかなにを吐く気にもなれなくて、
わたしは何となく辺りを見まわそうとする。視界の先には、授業前に会ったあの藍色の髪をした少女の姿があった。
「それでは次の問題です。教科書の221ページ。西暦2028年7月の当時、
人口が2千万人を切ったわが国を維持するため、当時の首相が大々的に推し進めた計画とはなにか。
答えられる人は手をあげてください」
「はい!」
「どうぞ、立花蘭さん」
「国家再編計画です」
「正解!」
◇
「……………」
午後4時35分。6時間目の授業が終わり、下校時間が間近に迫るころ。太陽は既に沈みはじめており、
空は夕焼けを越え、夕暮れを迎えていた。きょうは雲ひとつない快晴だったが、その景色さえ夜にむかって暗く
沈もうとしていた。鳥の声は聞こえない。黄昏時は静寂に支配され、景色にはなんの彩りも含まれていなかった。